物との偶然の出会いは減っている??フィルターバブルとセレンディピティから見るリサイクルショップ

思考

物との偶然の出会いってありますよね。

 

見た瞬間

「これは買いだ!」

って思ってしまう、あれです。

 

そういう予想外の偶然や発見の事を横文字でカッコつけていうと

“セレンディピティ”

っていうんですが

 

インターネットが生活に溶け込んで

便利になればなるほど

そういう偶然の出会いって減っていってるよなぁ…

ってお話を今回はしたいと思います。

 

“便利”であふれるインターネット

今の時代って、ものに限らずとも情報を見つけるのにすごい特化した時代です。

 

ネット上の広告や検索結果は、自分に合わせてくれている

 

例えば、YouTubeだったりブログだったりの広告って

見てる人の検索履歴や閲覧履歴から

 

「ほーれ、こういうのが好きなんだろ??」

 

っていう予測がされて表示されてるわけですよね。

 

むしろ広告に限らず検索エンジン自体もそうで

例えばGoogleで全く同じ検索ワードで検索をしたとしても

 

「こいつはこの言葉で検索してる事が多いな。きっとこんな情報が欲しいんだな!」

 

って感じで、検索して上位にくるページも人によって変えてくれてるわけです。

 

ネット上では、自分向けの“フィルター”の中にいる

 

つまり、今私たちが自主的に、自発的に見ていると“思っている”

情報に辿り着くまでのプロセスには

ある種の「便利フィルター」が掛かっていて、

 

実はそこにあるのは偶然性ではなく

インターネットが“自分向け”に提示してくれている情報

である可能性が高い、というわけです。

 

この現象に警鐘を鳴らす人も!?

 

アメリカのインターネット活動家であるイーライ・パリサー

自身の著書“閉じこもるインターネット”で

この現象を“フィルターバブル”と名付け、警鐘を鳴らしています。

 

好みを知ってるネット通販

 

みんな大好き、私も大好きネット通販ですが

ネット通販も同様のプロセスが発生していますよね。

 

ネット上に記録された購入履歴から、オススメの商品を提示する。

あ、この服かわいいな!かっこいいな!って服に出会ったとしても

 

それは偶然の出会いではなく

バッチリサイト側がチョイスしてくれた服だったりするわけです。

 

通販で買うものは、既に大方定まってる

 

そもそも、それ以前にネット通販って

基本的には検索ワードありきなんですよね。

 

あらかじめ自分が欲しいもののワードで

検索をかけてから商品を探すので

自分の意識の範囲を超えた偶然の出会いは起こらないわけです。

 

セレンディピティとリサイクルショップ

そうなると、完全な

正真正銘のセレンディピティによる

“ものとの出会い”は

ネットショップではなく

リアル店舗にのみ発生するという事になりますが…

 

そんなリアル店舗の中でも

特にセレンディピティが生まれやすい店の種類ってなんだろう??

と考えた時に、私は真っ先に

リサイクルショップ

を思い浮かべました。

 

古本屋は“不便”な店

 

例えば古本屋って

新品の本屋みたく検索機も無いし

目当てのものをめちゃくちゃ探しづらいですよね。

 

いやむしろ、そもそも

目当てのものがあるのかどうかすらわからないわけです。

 

仕入れ元に多様性がある

 

古本屋にはバイヤーが存在しません。

 

なので、ひと昔前に新品市場でたくさん売れた本が集中する事は確かにあるでしょうけど

基本的にお金が欲しい

本が不要になった

持ち主が居なくなってしまった

等売り手の色んな動機が絡んで仕入れが発生するので

内容にも多様性が生まれるわけです。

 

複雑さと不便さが自分の枠を超えさせる

 

なので、そんな複雑な経緯を経て陳列された本棚の中を

いちいち自分の足で歩いて本を探し回らないといけません。

 

すると

「なんだこのタイトル。著者全然知らないけどなんか面白そうだな」

って本に出会ったりするわけですよね。

 

この出会いこそがセレンディピティなんだと思います。

 

…つまり

偶然性のある“ものとの出会い”は、複雑さと不便さがある場所に発生する

と私は思うわけです。

 

偶然性という”存在意義”

 

そんな中古市場においても

メルカリだったりのフリマアプリが普及して

インターネット上で、より

“便利”なサービス

が今もどんどん発展を続けています。

 

そんなフリマアプリと中古リアル店舗を比較した時

よく挙げられる利点が

即時換金性(売ればその場でお金が貰える)

ですが

 

それだけじゃなく

ネットでは絶対に発生し得ない偶然性がある

のも、かなりの利点なんじゃないかなぁ、と思います。

 

便利な社会は不便さを求める??

 

最近Instagramを筆頭にしたSNSの影響で

フィルムカメラの再ブームが起きましたよね。

 

アナログが持つ独特の質感が価値を持つのは

レコードだったりもそうですけど

 

「自分が撮った写真がどんな写真かその場でわからなくてなんかワクワクするから」

 

っていうすんごい本末転倒な理由からの発生でもあるわけですよね。

 

これもまた、偶然性を求める心理から来るものかもしれません。

 

特にこの件に関しては

不便で複雑なアナログのブームが

インターネット上のサービスから発生

しているという点においても、中々興味深いですよね。

 

まとめ

そんなこんなでセレンディピティセレンディピティ言ってきましたけども

 

それは生きていく上で

結構大事なものなんじゃないかな??

と私は思ってます。

 

考え方や嗜好の偏りを無くすきっかけを与えてくれるからです。

 

そして、それはリアルタイムで減少していってます。

今後IoTが普及すれば、それはより顕著に現れるはずです。

 

だからこそ、たまにはフラフラとリサイクルショップに足を運んで

何も考えずに店内をウロついてみるといいんだと思います。

 

その行動が、実は時代と共にどんどん希少性が増している

 

“自分という枠”から逸脱した行動

 

だったりするわけですから。

 

以上です!

ここまでご覧いただき、ありがとうございました!

The following two tabs change content below.
ミズキ ヒラサカ

ミズキ ヒラサカ

“何かを作る事”と“何かを作る人”が好きな29歳。偽名。 日々写真を撮りつつブログを書きつつ自分の考えをメモに残しつつトラックメイクもやる読書家のIT系通信制大学生で、カオスな毎日を送っている。 実はものすごい天パー。
タイトルとURLをコピーしました